火力・水力・原子力による発電設備,あるいは,エンジン・燃料電池などの動力機器設計においては,1)リソース(燃料・空気など)の供給・混合,2)動力機構(反応・相変化など)の促進・制御,3)動力・熱の伝達・排出 が共通の課題であり,実際の工業用装置(たとえば,燃焼器,タービン,ボイラー,反応槽など)では,様々な熱・流体現象を利用してそれらの機構が大規模かつ高密度・高効率で実現されている.これらの動力機器および関連する生産技術は,20世紀社会を形作った基盤であり,それぞれが高度なシステムとして完成されているがために,それらの改良・変更には膨大な労力,知識を集約する必要がある.その際の技術知見の普遍化,集積化,また,それらの運用の効率化,最適化にあたって,計算力学(工学設計シミュレーション)の役割は大きいといえる.
一方,近年の地球温暖化問題に代表されるように,環境保全,資源有効利用の社会的要請がますます高まるなか,より総合的,合理的に最適化された技術革新が求められる.このような複雑な課題解決のために,たとえば,電力グリッドのような動力リソースの動的な選択・配分や,IoT(モノのインターネット)による生産技術の情報化が次世代技術として注目されつつある.その実現には,プラットホームとなる情報技術(デジタル)と,実現象を支配する物理学(アナログ)を結びつける「数値シミュレーション」を急ぎ完成・確立させねばならない.
本研究室では,大規模流体シミュレーション技術を基盤として,実機装置や生産過程をなるべく忠実に再現する「モノづくり」シミュレーションの確立を目指しており,特に「動力シミュレーション研究グループ(Power Sources Gr.)」では,発電・動力機器などにおける燃焼化学反応や沸騰・凝縮相変化を伴うような複雑な熱流動現象の予測設計を目標対象とした数値シミュレーション研究開発を行っている.これまで取り上げた主な研究対象には以下があげられる

  • ガスタービン燃焼器の乱流燃焼シミュエーション

ガスタービン燃焼器内の乱流燃焼場に関する数値解析を行っている.
実験では計測することが困難な燃焼器内部の状態を詳細に捉え,それらの知見を設計開発に生かすことを目指している.

fig.ガスタービン燃焼器の乱流火炎シュミレーション
川崎重工業株式会社様との共同研究成果

参考論文
Yuta Hamada, Nobuyuki Oshima, Yoshiharu Nonaka, Kohshi Hirano "GRID DEPENDENCY ON NUMERICAL SIMULATION OF GAS-TURBINE COMBUSTOR"
34th INTERNATIONAL SYMPOSIUM ON COMBUSTION,(Warsaw, Poland, July 29 – August 3, 2012)# W2P009

  • 高分子型燃料電池内の物質輸送シミュレーション

CO2排出抑制の社会ニーズに応じ、ガソリン、ディーゼルエンジンに代わるもの次世代の自動車用動力として高分子型燃料電池(PEMFC: Polymer Electrolyte Membrane Fuel Cell)が期待されている。燃料電池内の微小流路、多孔質、触媒層を通しての燃料・空気や生成水、および、排熱の輸送機構は電池発電性能や耐久性を左右する要素であり、そこでの流れと電気化学反応、相変化、伝熱が連成する複雑系システムの数値シミュレーション法の開発と実用化を目指している。


fig.燃料電池スタック起動時におけるアノード側ガス配流の過渡状況
(セルスタック数による配流の違い)
日産自動車株式会社様との共同研究成果


fig.GDL多孔質内クロスフローの発電性能への影響

 

参考文献
市川靖、大島伸行、田渕雄一郎、燃料電池スタック起動時におけるアノード側ガス配流の過渡数値解析、日本機械学会論文集 81-826, 16p [DOI: 10.1299/transjsme.15-00089] (2015)
M.Salahuddin, N.Oshima, Numerical Investigation of Cross Flow on the Performance of Polymer Electrolyte Fuel Cell, J.Therm.Sci.Tech. 8-3, pp.586-602, (2013)

  • トルクコンバータの流体動力伝達シミュレーション

自動車ATトランスミッションに使用されるトルクコンバータおよびクラッチ機構におけるオイル流れとトルク性能、熱設計に関して、数値シミュレーションの応用を図る


fig.クラッチ、トルクコンバターの熱伝達解析
エクセディ株式会社様との共同研究成果

参考文献
Kishi, Y., Oshima, N., Fujimoto, S., and Tasaka , Analysis of Temperature Prediction of Friction Surface over Multi Plate Lock-Up clutch for Torque Converter1, SAE 2014 world conference and Exhibision, Society of Automotive Engineers, 4PFL-0486, (2014)

  • SIエンジンの噴霧流動シミュレーション

fig1.LES解析による流れ場の様子

fig2.横風成分を考慮した場合の計算結果

参考文献
"Large Eddy Simulation of Spray Injection to Turbulent Duct Flow from a Slit Injector" Jun ARAI, Marie OSHIMA,Nobuyuki OSHIMA,Hisashi ITO,Masato KUBOTA , SAE world congress 2007 (2007 Detroit,USA) #2007-01-1403

  • ハイブリッドロケットエンジン内の熱流動シミュレーション

固体燃料と液体の酸化剤を利用するハイブリッドロケットの一種であるCAMUI(Cascaded Multistage Impinging-jet)型ハイブリッドロケットは、そのシンプルな構造から安価で安全性が高く、小型化が容易であるという特徴を持っている。しかし、一方でハイブリッドロケットの燃焼方式に起因する推力の低さがその実用化における最大の問題となっている。
ロケットの燃焼室内は3000℃。流速300m/sにも達し、内部流れの実験的な観察・測定は非常に困難である。また、大規模ロケットの打ち上げ実験には法的な制約もありその実施回数も制限されるため、数値シミュレーションによる解析とデータ収集はロケット開発における有用な研究手段といえる。
本研究は、CAMUIロケット燃焼室内における燃焼途中の固体燃料形状が内部流れに及ぼす影響および燃料表面の壁面熱流束を求めることで燃料壁面の局所後退量に対する流れの依存性を解明することで固体燃料の形状評価と最適化を行うことを目的としている。

fig. CUMUI型ハイブリッドロケットエンジン内の流動予測

参考文献
岸田耕一、金子雄大、大島伸行、永田晴紀、3D測定を応用したハイブリッドロケット燃焼器の複雑形状に対する熱流動解析、日本機械学会論文集B編76 巻 (2010) 765 号 p. 789-794

  • 焼き入れを想定した沸騰・熱伝達シミュレーション

油を用いた焼入れをする際、金属表面の温度によって、金属表面が蒸気膜に覆われる蒸気膜段階、激しい沸騰が伴い冷却速度が大きくなる沸騰段階、沸騰を伴わないため冷却速度が小さくなる対流段階と3段階で遷移する。また、これは周囲流動場の状態によっても各段階の持続時間や冷却速度の大きさに影響するため温度分布、蒸気発生量分布、流速分布、気相・液相分布を同時に解析できる手法が求められており、本研究テーマでは焼き入れにおける熱伝達の予測を目的とする



fig. 焼き入れ問題における膜騰沸・核騰沸段階

参考文献
丸岡直矢、大島伸行、姜 晨醒、謝祥耕、”改良VOF法を用いた二相流解析による沸騰現象の定性的な再現”、第31回数値流体力学シンポジウム、講演番号E04-3、(2017.12.12-14、京都市)

いずれも,複雑な物理現象モデルおよび高精度数値計算法の基礎的な研究開発から実機形状・条件の高精度な再現まで,実機設計,生産過程への応用を想定した数値シミュレーション開発を目指したもので,その成果一部はマルチフィジックス流体シミュレーション・ソフトウェア FrontFlow/red に実装・公開しており,企業共同研究などを通して実機設計・生産技術にも活用されている.